帰ってくるケーブルカー

1983年8月31日に廃止となった東信貴鋼索線のコ9、近隣小学校に引き取られ長らく保存されていましたが、聞いた情報では信貴山下駅にて展示されるとか。
実に36年ぶりに古巣に帰ってくるということになりますね...いやー、楽しみです。

信貴山下駅から道路沿いに走る当時の情景が、車両を見れば蘇ってくることでしょうね。

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コ9は赤色塗装、コ10は青色塗装でした。

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コ9形...木製のシックな車内の佇まいがいい味出していましたね。
写真はどちらも1983年8月20日、この約10日後に東信貴鋼索線の幕は閉じられました。

56年選手

名古屋線1600系の増結用1650形、1963年製で現在でいうともう56年前になります。
元モ1653は五位堂車庫の入れ替え機、元1654は高安車庫の入れ替え機となり現在に至っているのは皆様もご承知だと思います。
今回の鉄道まつり五位堂会場では、近年では珍しく元1653の入れ替え機が撮影しやすい場所にありました。
ちなみに高安車庫の元モ1654は「青の交響曲」カラーになった時に鉄道まつりでお披露目してくれましたね。
今回の五位堂車庫では、京都線移籍時に増設された妻面運転台側を近くで見る事が出来ました。

京都線急行5連化に伴って、京都線にやって来たのは1982年、この時点では製造からまだ19年しかたっていなかったのですね。

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その後、五位堂車庫の入れ替え機となり、これを間近で見たのは2002年の鉄道まつりでした。この時点では製造から39年、当時としては既に現役引退という時期でもありますね。

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それから、ほぼ形を変えずに現在に至っている元モ1653の入れ替え機。

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この貴重な存在も近くで見ると老朽化が激しく、この先の動向が気になりますね。

ほぼ

大阪上本町~榛原間の区間準急、そもそも停車駅が多いと思っていた準急を更に区間限定した系統。

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32駅中通過は5駅のみ...うーん、こんな系統表示の方が分かりやすいかも。

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隠れた写真

過去撮影してきた写真の数々、1980年代から2001年半ばまでは一旦フィルムから画像データへの落とし込みは完了しています。
それ以降、デジタルカメラに移管するまでの2008年3月までの記録は、親ページやブログで記事にしたものをピックアップして画像データしたもの以外はまだまだ未着手のものが多く残っています。(生きているうちにコンプリート出来るんかいな...)

スキャンも結構時間がかかるので、撮影記録にざっと目を通してみると...お、まだこんなのが隠れていた...2400系。
晩年は信貴線の主となっておりましたが、ちょうどそのころのものですね。

191012_01-2400-2505.JPG >> 【2002年9月13日 河内山本 2505+2405】

画像データ化したものやデジタルカメラの記録は日ごと及び形式ごとにフォルダに分けて保存しているので、しばしば画像を目にする事が出来ますが、未スキャンのネガ記録はなかなか見ることがないので、時々掘り出し物が出てきたりしますね...もう自分では何を撮ったかなんて覚えていませんものね。^^;

王寺にて

気が付けば10月、そう...和歌山線・万葉まほろば線の105系も既に運転終了してしまったのですね。

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つい最近まで、JR王寺駅ではお馴染みの”顔”といった存在でしたね。

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今は201系もここではお馴染みの”顔”として定着してきましたが、こんな光景も何年見る事が出来るのでしょうか。