お魚ショック2

先日「お魚図鑑」を撮影に行ったら、たまたま入場中だったため、リベンジということで...。
運用時間を確認、「ク5100形の顔が見れる名張以東で、下りの被りも無さそうで、ゆっくり撮れそうで...」と考えて、伊賀神戸駅をチョイス。

定刻にやって来ました、先頭は5106F、ゆっくり撮れる...。

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と思いきや、下りの中川行き急行が3分遅れで見事に...(><)

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ついてないですね~。
折り返し松阪行きでもどこかで狙うことにしましょう。

横展開進む?

シリーズ21ではHIDヘッドライトのLEDが一気に進みましたが、それ以前の車両はなかなか進んでおらず、1020系1034Fが試験的に施工されているのみでした。
少し前ですが、8810系の8913Fが1020系1034Fと同じLEDヘッドライトに交換されました。

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試験期間終了でいよいよ他車への横展開になるのでしょうか?

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そう言えば、以前アーバンライナー21110Fも一時的にLEDヘッドライトに交換されていましたが、最近再び21106FがLEDのヘッドライトに交換されたようですね。

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お魚ショック

3月以降全く撮影を自粛しておりましたが、密を避けるなど基本体制を考慮しつつ休暇がとれた先日、久しぶりに出かけてみました。
未だ一度も目にしたことが無い「お魚図鑑」目的にしていたのですが...。

あれ?

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インバータ車?

どうやら「お魚図鑑」2423Fは入場中だったようです。
情報などを確認していなかったのはミスですが、やっぱり不発はショックですね。

また出直しましょう。

妻面塗装

もう12200系とともに終焉を迎える旧近鉄特急色車両は車体裾部と側窓周辺を一連の帯状でカラーリングされていました。

運転台を持たない中間車の妻面は元々その窓帯塗装も貫通扉部分まで伸びており、側面を斜め横から見ても帯デザインの連続性が綺麗に表現されていたのですが...

200619_01-12200-12054.jpg >> 【1982年8月19日 八木 モ12054】

2003年あたりから、妻面の帯は無くなりベース色に塗装されるようになりました。
編成での見付も、連結面で帯がベース色で分断されるようになり、何か違和感を感じたのを憶えています。(転落防止柵が付いてからは若干マシになったかな?)

200619_02-12200-12352.jpg >> 【2005年10月18日 小俣~宮町 12252F】

あくまで憶測ですが、塗装工数削減などでデザインよりも合理化を優先する時代の産物なのでしょうか...実態は分かりません。
特に18200系「あおぞらⅡ」4連車の中間連結面は元運転台だったのでRも大きく、余計に目立っていましたね。(但し何故か元から中間だった妻面の窓帯は当初からベース塗装でした)

200619_03-18200-18351.jpg >> 【2005年2月11日 八木短絡線 サ18351】

でももうこの窓帯デザインも、15200系を残すのみとなってしまうのですね。


残るアイテム

田原本線の8400系3連の記録を何気なく見ていると、懐かしいアイテムがまだ残っていることに気が付きました。

これら3連車は登場から現在に至るまで興味ある変遷がありましたが、8409F~8411Fは登場時は2連(厳密にいえば8408Fもそうですが)、その後3連となりました。
8400系登場当時の京都線では2連・3連をフレキシブルに組成変更できるよう合理的に機器配置を行い、中でも2連車はおそらく900系を含む単独Mc車が増結できるよう考慮し、電気連結器と併せてジャンパ用ソケットも装備されたのではないかと思いますが、詳細は解かっていません。増結するMc車連結面側は電気連結器を持っていないための措置だったのでしょうか。

8410F~8411FのMc車には5個のソケット、8309F~8311FのTc車には3個のソケットが設置されていていました。(数が違うのは向きによって機器配置が異なるせいかな?)

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確かにモ8411に連結されたモ8417を見てみると、電気連結器は装備されておらずジャンパケーブル接続となっていました。

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モ8409に関しては冷房化前からソケットが無かったので、元々付いて無かったのか撤去されたのか、またク8309のソケットは後付けなのか当初からあったのかなど...これも詳細解かっていません。

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これらソケットが設置されている部分の上には雨除けの板が取り付けられていました。ただク8309の記録(上写真)を見るとその板が付いていませんでしたので、初めから無かったのか撤去されたのか、ソケットのみ後付けされたか等は不明。

その後、冷房化・8411F固定3連化などを経て、現在でもそれら懐かしいアイテムが一部残されています。

8409Fのク8309は雨除け板は元々ありませんでしたが、ソケットが支持されていた板は残ってますね。

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モ8410のソケットと雨除け板は完全に撤去されましたが、元モ8411のモ8461はどうなのでしょう...ソケットはそのまま、ジャンパケーブルも使用されていますね。
雨除け板は...機器箱で見えにくいです。
よーく見ると、僅かな隙間から板が見えているようにも思えます。

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2連の8410Fク8310側は傾斜の付いていた板が下側に押し下げられたような形なりました。このせいでソケットが支持されていた板が残っていたかどうかが見えませんでしたが、何となく残っていたような感じでしたね。
この編成は残念ながら既に廃車となっています。

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8411Fク8311の雨除け板は今でも残っていますが、ソケット支持板は撤去されているようですね。
雨除け板の角度は水平に近い?

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と、また細かい部分を長々と書いてしまいました<(_ _)>
記事内は”憶測”が多いので、間違っている所や更に詳細情報あればご教示頂ければ幸いです。

惜別12345

一番高安へ送られてほしくなかった編成...どうやら最後の青山越えを終えた様です。

200605_01-12200-12345.JPG >> 【2020年1月3日 明野 ク12345】

今年度中には12200系の引退は分かっているのですが、やはり話題性あるこの車番は貴重な存在だけに無くなってしまうのは寂しいですね。

200605_02-12200-12345.JPG >> 【2019年9月21日 長谷寺 12245Fほか】

子分(?)のモ1234は健在ですが...4桁と5桁ではインパクトが違いますね。^^;

D30_8715-1234.JPG >> 【2012年5月5日 新田辺 モ1234】

18400系引退20年

「あおぞらⅡ」の運用で18409Fが引退したのは2013年、まだまだ最近のことの様に思えてももう7年経っています。
で、営業運転を終えたのは...そう、12000系とともに2000年にさよなら運転を行いましたね。
それからもう20年、晩年は京奈・京橿特急で3重連の姿もよく見かけました。

200530_01-18400-18410.jpg >> 【1996年4月13日 新田辺~富野荘 18410F ほか】

写真のような原形を保った未更新車、初期スナックコーナー撤去車、車販基地が設けられた後期スナックコーナー撤去車が集結した編成、同系式でもバラエティ豊かな面白い組成も楽しませてくれました。

一瞬の楽しみ

小学生時代、大阪線を利用した時は一瞬ですが楽しみなところがありました。
それは高安の車庫を通過する一時、特に車庫東側は見慣れない車両が並ぶ魅惑の場所でもありました。

当時は系式がどうこうというのは無く普段見慣れない古い車両や変わった車両、それにあおぞら号があるというくらいの認識でしたが、それを見るのが楽しみでした。

200523_01-20100-20301.jpg >> 【1980年12月 高安車庫 20101F】

今は事業車も当時に比べると激減し、ここに並ぶ車両も通常の営業列車がほとんどですが、大阪線を利用したときに高安車庫横を通過するときは思わず目をやってしまいますね。

200523_02-15200-15105.JPG >> 【2016年5月5日 高安車庫 15205F】

他と違う違和感

ネタ探し、何気に過去記録写真を見ていると違和感ある車両の画像が...あ、ひょっとして過去も同じような事をお話したことがあったかもしれませんが。
下記2枚の写真。

200515_01-12000-12002.jpg >> 【1984年3月15日 畝傍御陵前~八木西口 12002 + 12102】 

200515_02-11400-11424.jpg >> 【1982年7月4日 八木 11424 + 11423 + 11511】

1枚目、12000系12002Fですが前面ブルー塗装の中央の台形部分、ことのほかRが大きいですよね。何か11400系オリジナル塗装のイメージが浮かびます。

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2枚目、その11400系、明らかにブルーの塗り分けの直線度が出ていませんよね。

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この他にも同系内でも個性的な差異があったのも、当時ならではの”良さ”でしたね。

マニアックな話題になってしまいました...<(_ _)>

出発進行!

素直に...
運転士さん、カッコイイと思うシーン。

200509_01-21000-21606.jpg >> 【2005年9月19日 大和八木 モ21606】

200509_02-21000-21604.JPG >> 【2008年7月20日 大和八木 モ21604】

200509_03-26000-26402.JPG >> 【2010年11月20日 吉野 モ26402】

我慢の行楽期

ここ最近気候も一変、行楽の季節になってまいりましたが...今年はこの良い季節も動けず色々我慢の時となりましたね。

この時期は葛城山もつつじが咲き誇り行楽客でにぎわうのですが、今はロープウェイも運休、当然臨時列車の運用もありません。(撮影にも行けませんが...)
なので、ちょっと昔のこのシーズンの記録を引っ張り出して見ると。

阿部野橋~御所間定期急行(当時)には「つつじ号」が設定されたのは1982年5月の連休、”つつじ”目的ではなく”つつじ号”目的で雨の中、撮影に出かけました。

200505_01-6020-6055.jpg >> 【1982年5月2日 尺土 6055 + 6056 + 6138】

カラフルな愛称板、良いですね。よく見ると元は何かの行先板でしょうか、文字の跡がかすかに見えますね。

200505_02-tsutsuji.jpg >> 【1982年5月2日 御所 】

行楽期には御所急行には「葛城高原号」の愛称が付けられて運転されていました。御所急行が定期列車から消滅した後、5月の臨時列車で「葛城高原号」は受け継がれて今に至っています。(下写真の愛称板も元は普通行先板だったものでしょうね)

200505_03-kanban.JPG >> 【1982年4月11日 古市 Photo:kagorinさん】

2001年5月に臨時列車で復活した阿部野橋~御所間の「葛城高原号」、下の写真は運転初年のものでHMはプリント貼り付けだったのでしょうか、デザインは今と同じですが色が極端に薄かったですね。

200505_04-6020-6136.jpg >> 【2001年5月12日 尺土~磐城 6136 + 6171 + 6052 + 6051】

【追伸】
親ページには南大阪線の愛称列車満載の頃の特集を再掲載しました。
行楽シーズンを感じて頂けるまではいかないと思いますが、お立ち寄り頂ければ幸いです。

特急座席

親ページで12200系車内の紹介、特に座席の変遷もいろいろ書きましたが...
12000系の座席はオリジナル時代でもリクライニング付きは他系列に比べると格段にグレードは上。
でも、個人的に脳裏に浮かぶのはそれまでの回転式クロスシート。

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背刷り背面の三角の折りたたみ式テーブルが忘れられないアイテムです。

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(リクライニング機構は別として)12200系の収納テーブルよりもこっちの方が良かったかも。


アーバンライナー以前の名阪特急

...と題した親ページ特集、リニューアル版で再掲載しました。
(1421と同世代さん、ネタ切れ時企画案有難うございます)

とはいえ、私が近鉄電車を撮影していた頃は、既に名阪間乗客数も復調し12000系などが2連で走っていた頃の記録が無いのが残念です。

200501_01-12200-12242.jpg >> 【1982年7月22日 大和八木 12242 + 12142 + 12042 + 12342】

名阪甲特急がアーバンライナーに固定化され、更には「ひのとり」へとバトンを繋ぎましたが、それ以前は系列も行先表示形態も様々で、撮影するのも楽しかったですね。

STAY HOME

気候も良くなり快晴の空...ですが、今は STAY HOME!
通常なら、こんな日は撮影に出かけていたことでしょう...ね。

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 >> 【2012年4月29日 霞ヶ浦~富田 30208F/12243F/21111F】

8年前のちょうど今頃に撮った写真を見ながら、そんなことを思ったりもしております。

世代交代

80000系「ひのとり」デビューによる標準軌最古参特急車12200系引退で、2020年は特急車世代交代の節目となります。

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 >> 【1995年4月23日 大和八木 11424F/22109F】

そう言えば、まだ新鋭だった22000系と当時最古参だった11400系引退の世代交代はもう25年前の事になりますね。
その頃は12200系はリニューアル工事も進み、まだまだこれからの活躍が期待される系列だったのですが...いや~時が経つのは早いものですね。

「吉野連絡」副票

親ページでは12200系の「吉野連絡」副票付きのスナップを紹介しましたが、その副票も初期はシンプルな文字だけのものから季節感を感じるデザインのものなども色々楽しませてくれた時期もありました。

まず、初期のものは紺色ベースに白の縁取りがある赤色文字で「吉野連絡」と書かれたシンプルなものでした。
11400系未更新車の場合は「橿原神宮前」の文字の下に赤文字で「吉野連絡」と表記されたものもありました。

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(Photo:kagorinさん)

その後、季節によって専用のデザインものが掲示される様になりました。
通常期は緑系のラインが入ったシンプルなものでしたが、春先は桜の花をデザインしたものが使用されました。ピンク色で華やかですね。

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秋口は紅葉をイメージし、もみじの葉のデザインとなっています。

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その後、通年同じデザインとなり現在に至っています。
三色の山が描かれていますが、ピンクの山には桜の花が、緑の山は木の葉が、赤い山にはもみじの葉がそれぞれ描かれていますね。

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特急車の行先標機器がLED化されるにつれ、この副票も掲示されなくなり、これを付けて走っているのはいよいよ12200系のみとなりましたね。
今年度で姿を消す12200系とともに、この「吉野連絡」の副票も残念ながら姿を消してしまうことになりそうですね。

12200系→80000系

1980年8月、近鉄難波駅1番線ホーム...当時の主力12200系が増結準備で幌カバーを開いています。

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平日か休日かは記憶にないのですが、当時中学生だった私は夏休みの真っ最中、友達と弁天町の交通科学館に行きました。
この日は交通科学館でスナップを撮ろうという目的で家のカメラを持って行ったのですが、帰りに大阪難波駅で電車待ちの時間があり、その間余っていたフィルムで電車の撮影を楽しんでいました...まさにこれが、私の近鉄電車撮影が始まったきっかけとなったのです。

それからもう40年が経ちました。

先日、所用があり大阪難波駅に行くとちょうど80000系「ひのとり」が1番線に入って来ました。
一応、記録でもしとこうとスマホを向けると、脳裏にあの40年前の情景が浮かびました。
新鋭といえばまだ12410系の時代、主力は12200系...80000系を前にして40年間の車両変遷と大世帯を誇った12200系の終焉を感じ感慨深いものがありました。

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80000系「ひのとり」は定刻16時に出発、大阪難波駅を後にしました。

近鉄電車出演

今日は朝から雨模様、特に用事もないのでネット映画でも観ることにしました。
最近見たタイトルと今日観たタイトルは「マンハント」と「フォルトゥナの瞳」

え、何でここで映画の話題?
そう、このタイトルはどちらも近鉄電車が出演しているんです。
普通に映画を見るのには何ら気にすることは無いのですが、近鉄電車ファンから見るとツッコミどころ満載なんですよね。
ちょっとファン目線で色々ツッコんで見たいと思います。

まずは「マンハント」から...
ジョン・ウー監督の中国映画(原作は日本)で舞台は大阪、福山雅治さんなど豪華キャストが見所です。
序盤、主演のチャン・ハンユーさんの逃走シーンは近鉄上本町駅地下2番ホーム。
停車中の電車(見たところ9820系)に乗ろうとするが直前でドアが閉まります。次の瞬間...

(ツッコミ①)電車が奈良方面に出ていくやん、逆走!

ホームで警官ともみ合いの末、線路上に飛び降り逃走、後ろから電車(9820系)が迫ります。これも逆走。
その時の駅アナウンスが...

(ツッコミ②)「間もなく2番線を特急電車奈良行きが通過します。危ないですから...」9820系なのに特急って...で、通過電車に丁寧に行先まで案内してくれてますね。警笛音もこんなのだったかな?

(ツッコミ③)この9820系には貫通扉幌が付いてないんですよね。と言うか、後述ツッコミ④にも関連しますが、貫通扉渡り板形状から難波側先頭は映ってないのかも知れませんね。

(ツッコミ④)逃走犯を取り逃がした刑事と横を通過する9820系のシーン、先ほどの逃走現場と同じ場所ではなく逆側では?(貫通扉渡り板形状から電車の向きに疑問あり)

(おまけツッコミ)エンディングは片上鉄道も出演、別れの場所が何でこんなに田舎?

このロケでは近鉄職員さんとそのご家族約1000人のエキストラで深夜に行われたとのことです。ジョン・ウー監督の意向で電車を逆走させたりなど、近鉄広報の福原稔浩さんはじめ関係者の方の大変なご苦労があったそうです。

次に「フォルトゥナの瞳」
神木隆之介さんと有村架純さん主演の切ない恋愛ストーリー。

前もって確認できたのは...主人公の住んでいるアパートは小高い場所で、そこからは海が見えます。その手前を走る電車は白色orシルバー系、山陽電車かな?

(ツッコミ①)中盤、主人公が家を出た後の電車移動シーン、あべのハルカスをバックに矢田駅付近を走行する6400系+6020系5連の空撮(兵庫県からお越しで...?)、その後公園に立ち寄った後に行った駅は榛原駅、どういうルート?

「マンハント」では鉄道はそのまま近鉄として扱われていましたが、こちらはそうではない様で架空の鉄道となっています。
榛原駅1番線に停車するのはインバータ車2連+2連の4両編成の様。

(ツッコミ②)そこに停車する電車、ソラリーを見ると「急行|芦山」...どこ? 案内を見ると「芦山まで各駅に停車、芦山で中○行き普通に連絡」とのことです。
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(ツッコミ③)榛原駅はここでは水川駅としていますね。しかも近鉄ではなく播鉄...ロゴ形態・字体が同じなのはちょい笑。
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この駅から2つ先は(シノクラ駅)という様です。クライマックスシーンの駅、橿原神宮前駅はシノクラ駅ということでしょうか。

(ツッコミ④)主人公が人をかき分けてホーム(橿原神宮前駅1番線)に駆けつけるシーン、吉野連絡サボ付き12200系が到着するところが映っています。しかしその後のシーンでは1番線には22600系が停車しています...早変わり!(2番線の丸屋根車も1020系あたりに変化してたり)
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(ツッコミ⑤)インバータ車4連で榛原駅(水川駅)を発車した電車、吉野方面から6425Fの2両となって橿原神宮前駅0番線に入ってこようとしております。

(ツッコミ⑥)何といっても6425Fの行先表示が「急行|芦山」...仮に幕を作ったのかCGなのだか?
警笛音もちょっと違うような。
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すみません、純粋にストーリーを楽しむのに水を差す訳ではありませんが、近鉄電車ファンだからこそついつい気になってしまいます...素直にならなければいけませんね。^^;

でも、映画は純粋に楽しめます。皆さんもご鑑賞いかがでしょうか。

おかえり!

1983年の夏、私が高校生だった頃ですが近鉄生駒線信貴山下駅から信貴山に伸びる東信貴鋼索線が廃止になるとのことで、最後にその姿を見届けておこうと何回か訪れたのも今では懐かしい記憶となっておりますが...。

200321_11-9-9.jpg >> 【1983年8月6日 信貴山下付近 コ9】

廃止後、コ9形9号は近くの三郷北小学校に保存されましたが、このほど信貴山下駅前に展示されるとのことで、37年ぶりに古巣の地に帰ってくることになりました。
先日その車体が搬送されたというニュースを聞いたので、公開は来週末なのですがちょっとフライングして現地に見に行ってきました。

展示スペースはまだ最終の工事中でしたが、下半分シートに覆われたコ9号の車体を見る事が出来ました。
やはり37年ぶりの再会は心が熱くなりました。

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保存状態も良かったのでしょうね、再塗装された綺麗なクリーム色が青空に映えていました。

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公開が待ち遠しいですね。お天気の良い日に訪れたいと思います。

何ですか?これは!

昨日(3/20)、友人と”今のうちに12200系を撮っておこう”ということで、名古屋線霞ヶ浦付近まで出かけてきました。
お天気は良かったのですが、かなり風が強かったです。

まあそんな中、幸運にもかなりの編成の12200系がやって来てくれて良かったのですが、帰ってから画像チェックで見つけたものが...
22000系+12200系の8連、撮影時点では全く気が付いてなかったのですが、伊勢側に連結された12251Fに何か違和感があります。

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ん?行先表示が...拡大してみると。

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行先幕が無い状態、前面だけでなく側面表示器も同じですね。(この部分だけでなく編成に渡ってのようです)
行先表示は貫通扉窓内から「名古屋」のプレートが貼り付けられていますね。

どうも故障とかではなく、実際は分からないですが意図的(廃車目的?)に幕を撤去した後に、何らかの理由で再度運用に入ったとか?
せっかく復刻塗装になった12251F、表示幕復活と活躍を祈りたいです。