久々の南大阪線

南大阪線6051Fのラビット塗装終了は先日のことでしたが、最近の6051Fの記録が無いというのに気が付きました。
橿原神宮前駅で橿原線車両撮影合間に南大阪線ホームに行っての記録はいくらかありましたが、南大阪線中心に訪問したのは前回いつだろう...。

どうやら去年の8月が最後みたい、そういえばここ1年は鮮魚列車やひのとり、スナックカー等ばかり追っかけていたかも。

ということで「楽」撮影会に行った日の午後、所用で御所まで行った後で久々に今川駅まで行ったのですが、晴れた空も不安定な空模様に一変し、太陽が厚い雲に包まれてしまいました。

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古参16000系や6020系は優先的に記録しておくべき車両なので、またゆっくりと南大阪線撮影に出かけることとしましょう...もう少し涼しくなってからかな。

イメージチェンジ

登場から30年が経過した20000系「楽」がリニューアルされて運用を開始しました。
試乗会なども運行されたのですが平日は動けなかったので、恒例の「夏物語号」を日曜日に見に行ってきました。

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今までのイメージから大きく変わって、ベース塗装も濃いマルーン色となりこれもまた撮影には苦労しそうなカラーです。
特徴的なリトラクティブヘッドライトは廃止、元標識灯と屋根上ライトがLED前照灯となり、標識灯はシリーズ21と同じものが増設されました。
車内はフリースペースの設置やシート及びシートピッチの変更が行われているそうですが、詳細はまだわかっていません。
ロゴマークも一新されています。

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個人的にはこのロゴマーク↓好きだったのですが、継承されなくてちょっと残念。

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八木駅4番線のスナップ

特にトピックがあるということもないのですが、目に留まった1枚の写真を貼り付けます。

八木駅4番線に停車中の京都行き12600系、まだデビューして間もない頃で比較的車体も綺麗ですね。

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 >> 【1982年8月24日 大和八木 12601F】

大まかにみると八木駅って分かる光景ですが、38年前の光景です。
記録を見ると8月24日、ちょうど今の時期ですね...当時は今みたいにこんなに暑かったのかなあ。全く記憶にありませんね...まあ自分も高校生だったので体感的には違っていたのかもしれませんね。

この場所のショットは他に何枚かありますが、よく写り込んでいるものが懐かしさを感じさせてくれます。
地上に見えるドムドムバーガー含む駅前光景、ホーム上にある麺類スタンド、回転式行先表示器+日曜が黄色面の駅掲示時刻表...など。
幾度となく利用したり、当時当たり前だったアイテム...時代の流れを感じさせますね。

その他1111

名古屋線1010系には1が4つの車番を持つ制御車ク1111があります。
以前ここでも話題にしました。↓
https://tmsys99.at.webry.info/201107/article_9.html

近鉄に乗り入れている阪神1000系にも中間車ですが同じ車番がありますね。
先日難波駅で目の前にこの車番の車両が停車したので、ついつい撮ってしまいました。

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こちらは1010系の車番よりも文字間隔が狭くて、尚更何かの記号のようにも見えますね。

この時、ふと横を見ると21000系アーバンライナーが停車していました。
車番は21111、これも1が4つあります。
でもこちらはフォントが異なっているので、棒が並んでいるようには見えませんね。

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親ガモに子ガモ4羽が並んでついて行っている様に見えたりして...(あくまで私見です^^;)

所属変更?

先日塩浜駅に出向いた時、名古屋線では見ることの少ない2+2の4連が回送でやって来ました。
ん、大阪線でよく見た1253F?

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所属の動向に関してはよく分かっていないので、ひょっとして名古屋線に転属したのか、一時的な貸し出し措置なのか?

横に名古屋行き普通の2連が並びました。

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...車番、実にややこしいですね。

12237Fの話

ご時世的に12200系の話題ばかりになっていますが...<(_ _)>

12200系、まだリニューアル工事が施工される前はPT42型の菱形パンタをM車に堂々2基装備し、同系列ばかりの長大編成では等間隔に並ぶパンタグラフは迫力そのものでした。
そんな中、この時期から既にPT48形の下枠交差型パンタに交換されていた編成がありました。それは12237Fで交換されていたのはモ12237のMc車のみ、M車のモ12037はPT42形菱形パンタで残っていたので、新旧パンタ混在として一目を置くような存在でした。

200731_01-12200-12237.JPG >> 【1981年6月 大和八木 12237Fほか】

何時パンタが交換されたのかは、注目した時には既に交換後だったので分かりませんが、当時12200系オリジナルスタイルでの下枠交差型パンタは他編成にはなく特異な存在だったのも確かです。

その後12200系リニューアル工事が始まると、4連車を中心に下枠交差型のパンタに交換される編成も現れ、6連組成車両に関しては改造過渡期に編成内で両パンタが混在する姿も見られたり、後年12240Fの中間M車のパンタが下枠交差型に交換されたりして、12237Fの特異性も薄れてきました。

200731_02-12200-12237.JPG >> 【2020年3月7日 榛原 12237F】

その個人的に一目を置いていた12237Fもいよいよお別れの時が来ました。
既に多くの12200系が廃車となってはいますが、その姿を見てしまうとやはり寂しいですね。

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おそらく次に続くであろう12246Fの姿もありました。

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12200系の活躍する姿が見られるのもあと僅かですが、その姿をしっかりと目に焼き付けておきたいですね。

終焉間近のフル稼働

7月の休日に友人と終焉間近の12200系狙いで名古屋線方面に出かけようと計画していましたが、週末は大雨という天気予報で事前に延期、でも実際は十分撮影行きが出来た天気だったという事が2週続き、日程の都合からもう雨模様の天気予報も無視して連休初日の23日に決行してきました...が、撮影タイミングは雨に遭わず、暑くもなく、逆光もなく、結果オーライでした。

本題...
既に名古屋線の12200系運用は4連単独のものは無いと認識していましたが、休日早朝と夕刻の名伊4連運用で12200系が割り当てられることがあるみたいです。
この日は運よく12249Fがそのスジに入っていました。喫煙室の関係上、他系列混結の場合は12200系は名古屋側に連結されるため、名古屋線でモ12200形側の顔を見ることはほとんど出来ず貴重なシーンとなりました。

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 >> 【2020年7月23日 桃園 12249F】

4連で賢島到着後、先行の4連と連結して8連で名古屋に帰って来ます。

その後、既に編成数も減って来た12200系4連車運用を追っかけてみると...名伊乙3本(12249F、50F、51F)、名阪乙3本(12234F、39F、56F)と、現役稼働している4連車は全て運用に入っていました。

以下は名阪乙運用の8連。

200725_02-12200-12339.JPG >> 【2020年7月23日 楠 12239F+22118F】

ちなみに平日では12234F、12239Fは京橿運用に就くことが多いようですね。
復刻塗装の12251Fも頑張ってます。色差がよくわかる同種連結での姿がもう見れないのは残念ですね。

200725_03-12200-12351.JPG >> 【2020年7月23日 近鉄八田 12251F+22123F】

名古屋線に一日居てましたが、やはり80000系「ひのとり」、21000系「アーバンライナー」を目にすることが多くなりました。
「ひのとり」のあと3編成が出そろうまで、12200系の最後の花道が現状のフル稼働運用という事になるのかもしれませんね。

200725_04-80000-80101.JPG >> 【2020年7月23日 米野 80101Fほか】


久々のモト

南大阪線車両の五位堂検修車庫搬送の任を受けているモト97形、”マンモス”とも呼ばれている様ですが。
休日に橿原神宮前留置線などで待機している姿はよく見かけるのですが走行している姿は主に平日なので、ここ何年か見ていないなあ。

先日、平日休みを取り京橿特急の運用に就く12200系を狙ってた時、出場した6626F搬送のため橿原神宮前に向けて目の前を通過していきました。
久々に走っている所を見る事が出来ました。

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そう言えば、車両運搬用のモト77形やモト96形電動貨車は前面にスカート(排障器)が付いていないですね。
入替作業などで支障をきたすためかな?
もしスカートが付いたなら、こんな感じになるのかなあ。↓

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お魚ショック2

先日「お魚図鑑」を撮影に行ったら、たまたま入場中だったため、リベンジということで...。
運用時間を確認、「ク5100形の顔が見れる名張以東で、下りの被りも無さそうで、ゆっくり撮れそうで...」と考えて、伊賀神戸駅をチョイス。

定刻にやって来ました、先頭は5106F、ゆっくり撮れる...。

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と思いきや、下りの中川行き急行が3分遅れで見事に...(><)

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ついてないですね~。
折り返し松阪行きでもどこかで狙うことにしましょう。

横展開進む?

シリーズ21ではHIDヘッドライトのLEDが一気に進みましたが、それ以前の車両はなかなか進んでおらず、1020系1034Fが試験的に施工されているのみでした。
少し前ですが、8810系の8913Fが1020系1034Fと同じLEDヘッドライトに交換されました。

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試験期間終了でいよいよ他車への横展開になるのでしょうか?

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そう言えば、以前アーバンライナー21110Fも一時的にLEDヘッドライトに交換されていましたが、最近再び21106FがLEDのヘッドライトに交換されたようですね。

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お魚ショック

3月以降全く撮影を自粛しておりましたが、密を避けるなど基本体制を考慮しつつ休暇がとれた先日、久しぶりに出かけてみました。
未だ一度も目にしたことが無い「お魚図鑑」目的にしていたのですが...。

あれ?

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インバータ車?

どうやら「お魚図鑑」2423Fは入場中だったようです。
情報などを確認していなかったのはミスですが、やっぱり不発はショックですね。

また出直しましょう。

妻面塗装

もう12200系とともに終焉を迎える旧近鉄特急色車両は車体裾部と側窓周辺を一連の帯状でカラーリングされていました。

運転台を持たない中間車の妻面は元々その窓帯塗装も貫通扉部分まで伸びており、側面を斜め横から見ても帯デザインの連続性が綺麗に表現されていたのですが...

200619_01-12200-12054.jpg >> 【1982年8月19日 八木 モ12054】

2003年あたりから、妻面の帯は無くなりベース色に塗装されるようになりました。
編成での見付も、連結面で帯がベース色で分断されるようになり、何か違和感を感じたのを憶えています。(転落防止柵が付いてからは若干マシになったかな?)

200619_02-12200-12352.jpg >> 【2005年10月18日 小俣~宮町 12252F】

あくまで憶測ですが、塗装工数削減などでデザインよりも合理化を優先する時代の産物なのでしょうか...実態は分かりません。
特に18200系「あおぞらⅡ」4連車の中間連結面は元運転台だったのでRも大きく、余計に目立っていましたね。(但し何故か元から中間だった妻面の窓帯は当初からベース塗装でした)

200619_03-18200-18351.jpg >> 【2005年2月11日 八木短絡線 サ18351】

でももうこの窓帯デザインも、15200系を残すのみとなってしまうのですね。


残るアイテム

田原本線の8400系3連の記録を何気なく見ていると、懐かしいアイテムがまだ残っていることに気が付きました。

これら3連車は登場から現在に至るまで興味ある変遷がありましたが、8409F~8411Fは登場時は2連(厳密にいえば8408Fもそうですが)、その後3連となりました。
8400系登場当時の京都線では2連・3連をフレキシブルに組成変更できるよう合理的に機器配置を行い、中でも2連車はおそらく900系を含む単独Mc車が増結できるよう考慮し、電気連結器と併せてジャンパ用ソケットも装備されたのではないかと思いますが、詳細は解かっていません。増結するMc車連結面側は電気連結器を持っていないための措置だったのでしょうか。

8410F~8411FのMc車には5個のソケット、8309F~8311FのTc車には3個のソケットが設置されていていました。(数が違うのは向きによって機器配置が異なるせいかな?)

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確かにモ8411に連結されたモ8417を見てみると、電気連結器は装備されておらずジャンパケーブル接続となっていました。

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モ8409に関しては冷房化前からソケットが無かったので、元々付いて無かったのか撤去されたのか、またク8309のソケットは後付けなのか当初からあったのかなど...これも詳細解かっていません。

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これらソケットが設置されている部分の上には雨除けの板が取り付けられていました。ただク8309の記録(上写真)を見るとその板が付いていませんでしたので、初めから無かったのか撤去されたのか、ソケットのみ後付けされたか等は不明。

その後、冷房化・8411F固定3連化などを経て、現在でもそれら懐かしいアイテムが一部残されています。

8409Fのク8309は雨除け板は元々ありませんでしたが、ソケットが支持されていた板は残ってますね。

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モ8410のソケットと雨除け板は完全に撤去されましたが、元モ8411のモ8461はどうなのでしょう...ソケットはそのまま、ジャンパケーブルも使用されていますね。
雨除け板は...機器箱で見えにくいです。
よーく見ると、僅かな隙間から板が見えているようにも思えます。

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2連の8410Fク8310側は傾斜の付いていた板が下側に押し下げられたような形なりました。このせいでソケットが支持されていた板が残っていたかどうかが見えませんでしたが、何となく残っていたような感じでしたね。
この編成は残念ながら既に廃車となっています。

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8411Fク8311の雨除け板は今でも残っていますが、ソケット支持板は撤去されているようですね。
雨除け板の角度は水平に近い?

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と、また細かい部分を長々と書いてしまいました<(_ _)>
記事内は”憶測”が多いので、間違っている所や更に詳細情報あればご教示頂ければ幸いです。

惜別12345

一番高安へ送られてほしくなかった編成...どうやら最後の青山越えを終えた様です。

200605_01-12200-12345.JPG >> 【2020年1月3日 明野 ク12345】

今年度中には12200系の引退は分かっているのですが、やはり話題性あるこの車番は貴重な存在だけに無くなってしまうのは寂しいですね。

200605_02-12200-12345.JPG >> 【2019年9月21日 長谷寺 12245Fほか】

子分(?)のモ1234は健在ですが...4桁と5桁ではインパクトが違いますね。^^;

D30_8715-1234.JPG >> 【2012年5月5日 新田辺 モ1234】

18400系引退20年

「あおぞらⅡ」の運用で18409Fが引退したのは2013年、まだまだ最近のことの様に思えてももう7年経っています。
で、営業運転を終えたのは...そう、12000系とともに2000年にさよなら運転を行いましたね。
それからもう20年、晩年は京奈・京橿特急で3重連の姿もよく見かけました。

200530_01-18400-18410.jpg >> 【1996年4月13日 新田辺~富野荘 18410F ほか】

写真のような原形を保った未更新車、初期スナックコーナー撤去車、車販基地が設けられた後期スナックコーナー撤去車が集結した編成、同系式でもバラエティ豊かな面白い組成も楽しませてくれました。

一瞬の楽しみ

小学生時代、大阪線を利用した時は一瞬ですが楽しみなところがありました。
それは高安の車庫を通過する一時、特に車庫東側は見慣れない車両が並ぶ魅惑の場所でもありました。

当時は系式がどうこうというのは無く普段見慣れない古い車両や変わった車両、それにあおぞら号があるというくらいの認識でしたが、それを見るのが楽しみでした。

200523_01-20100-20301.jpg >> 【1980年12月 高安車庫 20101F】

今は事業車も当時に比べると激減し、ここに並ぶ車両も通常の営業列車がほとんどですが、大阪線を利用したときに高安車庫横を通過するときは思わず目をやってしまいますね。

200523_02-15200-15105.JPG >> 【2016年5月5日 高安車庫 15205F】

他と違う違和感

ネタ探し、何気に過去記録写真を見ていると違和感ある車両の画像が...あ、ひょっとして過去も同じような事をお話したことがあったかもしれませんが。
下記2枚の写真。

200515_01-12000-12002.jpg >> 【1984年3月15日 畝傍御陵前~八木西口 12002 + 12102】 

200515_02-11400-11424.jpg >> 【1982年7月4日 八木 11424 + 11423 + 11511】

1枚目、12000系12002Fですが前面ブルー塗装の中央の台形部分、ことのほかRが大きいですよね。何か11400系オリジナル塗装のイメージが浮かびます。

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2枚目、その11400系、明らかにブルーの塗り分けの直線度が出ていませんよね。

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この他にも同系内でも個性的な差異があったのも、当時ならではの”良さ”でしたね。

マニアックな話題になってしまいました...<(_ _)>

出発進行!

素直に...
運転士さん、カッコイイと思うシーン。

200509_01-21000-21606.jpg >> 【2005年9月19日 大和八木 モ21606】

200509_02-21000-21604.JPG >> 【2008年7月20日 大和八木 モ21604】

200509_03-26000-26402.JPG >> 【2010年11月20日 吉野 モ26402】

我慢の行楽期

ここ最近気候も一変、行楽の季節になってまいりましたが...今年はこの良い季節も動けず色々我慢の時となりましたね。

この時期は葛城山もつつじが咲き誇り行楽客でにぎわうのですが、今はロープウェイも運休、当然臨時列車の運用もありません。(撮影にも行けませんが...)
なので、ちょっと昔のこのシーズンの記録を引っ張り出して見ると。

阿部野橋~御所間定期急行(当時)には「つつじ号」が設定されたのは1982年5月の連休、”つつじ”目的ではなく”つつじ号”目的で雨の中、撮影に出かけました。

200505_01-6020-6055.jpg >> 【1982年5月2日 尺土 6055 + 6056 + 6138】

カラフルな愛称板、良いですね。よく見ると元は何かの行先板でしょうか、文字の跡がかすかに見えますね。

200505_02-tsutsuji.jpg >> 【1982年5月2日 御所 】

行楽期には御所急行には「葛城高原号」の愛称が付けられて運転されていました。御所急行が定期列車から消滅した後、5月の臨時列車で「葛城高原号」は受け継がれて今に至っています。(下写真の愛称板も元は普通行先板だったものでしょうね)

200505_03-kanban.JPG >> 【1982年4月11日 古市 Photo:kagorinさん】

2001年5月に臨時列車で復活した阿部野橋~御所間の「葛城高原号」、下の写真は運転初年のものでHMはプリント貼り付けだったのでしょうか、デザインは今と同じですが色が極端に薄かったですね。

200505_04-6020-6136.jpg >> 【2001年5月12日 尺土~磐城 6136 + 6171 + 6052 + 6051】

【追伸】
親ページには南大阪線の愛称列車満載の頃の特集を再掲載しました。
行楽シーズンを感じて頂けるまではいかないと思いますが、お立ち寄り頂ければ幸いです。

特急座席

親ページで12200系車内の紹介、特に座席の変遷もいろいろ書きましたが...
12000系の座席はオリジナル時代でもリクライニング付きは他系列に比べると格段にグレードは上。
でも、個人的に脳裏に浮かぶのはそれまでの回転式クロスシート。

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背刷り背面の三角の折りたたみ式テーブルが忘れられないアイテムです。

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(リクライニング機構は別として)12200系の収納テーブルよりもこっちの方が良かったかも。