顔変化

1月はまだまだ伊勢初詣の団体列車運用も多く、20000系「楽」や15200系「あおぞらⅡ」も引っ張りだこですね。
18200系の「あおぞらⅡ」から受け継いだこのカラーリングも見られた存在になっていますね。
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 >> 【2014年6月28日 大和八木 15205F 】

先日見かけた15205F、前面を見ると何か違和感が...。
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 >> 【2018年1月21日 小俣~宮町 15205F 】

貫通扉カバー内側の扉部分の色が黒から帯色と同色のブルーに変化しています。
過去、18200系はこの部分は改造でガラスとなっていましたが、15200系に受け継いだ時は窓は元のままで行先・特急表示が撤去されたので、黒塗装としてアクセントを付けたイメージになりました。確かにここが黒色でなかったら18409Fのようにちょっと締まりがない顔になったかもしれませんね。

15204Fからは行先・特急表示を利用して「あおぞらⅡ」のロゴマークとしたので、実質車体の帯色と同色でも見栄えは悪くはありませんね。
今後、15206Fも同じようになるのかな?
でも、ちょっと物足りない顔になったような感じも...個人的には^^;

スイッチバック

何気なく思いついたのですが...関西に唯一存在したスイッチバック設備、JR和歌山線の北宇智駅にありましたね。
旧ホームを出発する105系、車体色も懐かしいですね。
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 >> 【2007年3月2日 北宇智 クハ104-504 】

電化後もこの貴重な設備は残されていましたが、2007年3月18日を最後に消滅してしまいました。
待避線にてスイッチバックを行う車両の姿も過去のものとなりましたね。
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 >> 【2007年3月2日 北宇智 クモハ105-516 】

旧駅舎はこんな感じでした。↓
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 >> 【2007年3月2日 北宇智 】

そういえば過去に親ページで廃止寸前の北宇智駅を特集したことがありましたので、再度掲載してみました。
よろしければそちらの方もご覧くださいませ...<(_ _)>

少ない記録

近鉄車両は特急、一般車から鋼索線、事業車含めて写真撮影を行っていましたが、なぜかあまり注目もせず、記録もほとんどしていなかった車両があります...東大阪線(けいはんな線)の7000系です。
どうも「近鉄車両」らしからぬイメージがあり、7020系並みにリニューアルされる前の記録はほとんどありません。
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 >> 【1994年4月17日 東生駒 7608+7508+7408+7308+72087+7108 】

東生駒駅でたまたま横を通りかかったので撮影した登場時姿の7000系、今や貴重な記録として残っています。^^;

最後の改造車

五位堂検修車庫が配置されるまでは、奈良線系統車両メンテナンスは若江岩田駅と八戸ノ里駅の間にあった玉川工場が担当していました。
この玉川工場で最後に改造を受けたのは8600系トップナンバー8601Fの回生化工事だったと思います。
その8601Fが出場後に初めてカメラにその姿を収めたのは、ちょうど35年前の今日でした。
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 >> 【1983年1月6日 大和八木 8601F 】

既に出場して運用に入っていたのは知っていたのですが、八木駅で突然目の前に現れたので慌ててシャッターを切った時の記録です。
それからもう35年が経ったなんて自分自身では感じませんね。

2018年、賀正!

明けましておめでとうございます。
皆様に当ブログにお越しいただき、大変感謝しております。

ここ何年かは、この日はベタネタ続きだったので、ちょっと内容変えて...と思ったのですがネタが思いつかないのでやっぱりベタネタで...<(_ _)>
今年は偶数年、2000系モ2018も先頭車なので去年みたいに無理やり中間車アップを貼り付けることもないですね。^^
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36年ほど前のちょっと古いモノをチョイスしてみました。当時は2018年なんて遠い未来、まさかこの写真がこんなネタになるなんて思ってもいなかった事でしょう。

次に30年1月1日にちなんだものというと...3011...今の近鉄ではないですね。
まあ、1月ということで無理やりこれでも貼り付けておきましょう。
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...30年1月...3001。

今年もよろしくお願いします。

勿体ない。

夕闇迫るころの橿原神宮前駅橿原線ホーム。
更にF値の暗~い望遠レンズで撮ったらブレブレになるのは分かっているのに...案の定。
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 >> 【1982年2月7日 橿原神宮前 921F/929F 】

920系冷房改造過渡期の、しかもトップナンバーとラストナンバーの並び...いい記録なのに、あー勿体ない!

さくら、夜の部

近鉄南大阪線に数々存在した愛称列車、臨時快速急行として運用されるものから定期列車に愛称が付けられるものなど多岐に渡っていましたね。
臨時快速急行として「さくら号」、愛称板も誇らしげにシーズンの土日は日中かなりの本数が運転されていました。
こちらは今でも活躍を続けていますが...。

そんな中、夕刻より阿部野橋~河内長野間の定期準急に何気に掲げられた愛称板「夜ざくら号」、自分はあまり見る機会がなかったのですが、定期準急という地味な運用も気になる存在でした。
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 >> 【1982年4月11日 古市 6053 + 6054 + 6137 ほか】

”夜”なので「さくら号」の愛称板イメージからすると、こちらの愛称板は何となく暗~い感じがしますが、個人的にはいい味出している秀逸な愛称板だったと思います。現在の「さくら号」とのコラボで復活してほしいですね。

八木駅周辺

前回に続き、ちょっと古い写真を見つけました。
車両撮影の目的からは全くの失敗作なのでお蔵入りしていたものなんですけど、ネガをチェックしていたらこんなのが出てきました。
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1980年暮れの夕刻、橿原線八木駅と八木西口駅間の踏切で18000系を撮ろうとして、シャッターを早く切りすぎた様ですね。
でもそのおかげで周辺の様子がよく写っています。
大きな特急マークを掲げた18000系はもちろんのこと、スーパーニチイや踏切待ちのファミリア、柵のない側道と昭和を感じさせる小学生(?)などなど懐かしさ満載ですね。

どこ?

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早朝、運用を控えて出番を待つラビットカー6800系、もう37年ほど前の懐かしい記録です...ん、これってどこ?

そう、ここは橿原神宮前駅橿原線の0番ホームの京都寄りの位置になります。
当然五位堂工場も無く台車振替場など影も形もなかった時代ですが、この辺りまで南大阪線車両は日常的に留置線としてやって来ていました。
ちなみに下の画像は現在の橿原神宮前駅で、手前の柵あたりが上写真の6811Fが停車している位置になります。
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周辺の情景は激変しましたね。

固定化?

今日、近鉄大阪線を利用した時に見かけた2430系の2435F+2440Fの6連。
何気なく両編成の連結部分を見ると、なんと行先表示器が外されています。(ク2535とモ2440です)
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 >> 【2013年11月2日 名張 2435Fほか】

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 >> 【2015年5月30日 今里 2440Fほか】

どちらも行先表示器が外されているということはメンテナンスの一時措置とも考えにくいので、もしかして固定編成化ということなのでしょうか。
もしそうだとすれば、こちら側の”顔”が見れなくなるのは大変残念ですね。

板上げ

最近あまり目にすることのなくなった”板上げ”状態での運用...”板上げ”って?
そう、近鉄車両の貫通扉下に設置されている連結時のステップ(渡り板)の下側ベース側が、先頭運用時にチェーンで引っ掛けられて折りたたまれている状態のこと。

先日、名古屋線に訪問した際に久しぶりに”板上げ”のク9104を見ました。
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 >> 【2017年11月12日 四日市 9004Fほか】

また今春に何気なく撮った1020系、”板上げ”の記録を見つけました。
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 >> 【2017年5月1日 九条~近鉄郡山 1023F 】

通常運用では見かけなくなった”板上げ”も、工場出場試運転時は必ずと言って良いほど”板上げ”状態になっていますね。
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 >> 【2014年6月13日 大和八木 2617F 】

冒頭に「最近あまり目にすることのなくなった...」と書きましたが、昔は今とは逆に”板上げ”での運用が標準的だったのです。作業合理化かその他何らかの理由で、連結解放時などに”板上げ”作業が省略されてしまったのでしょうね。

では、いつからそうなったのかな?
と、思い立ったので線区別に振り返ると...。

南大阪線の場合は他線区よりも作業手順が徹底されていたのか、昔の”板上げ”時代では、滅多に”板下げ”状態のものを見ることがなかったように思います。また現在でも、回送や試運転時以外は”板上げ”運用を見ることも少ないように思います。
おそらく時期的には1999年のGW明けくらいに一斉に切り替えられたのではないでしょうか。
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 >> 【1999年5月2日 橿原神宮西口 6023F 】

大阪線は何となく優柔不断(?)な感じで、”板上げ”、”板下げ”運用が混在していた感じです。
でも2000年頃から”板上げ”運用が無くなっていったようですね。
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 >> 【2000年1月26日 今里 2806Fほか】

名古屋線と奈良線は大体同時期に切り替わっていたと思います。
他線区よりも遅く2005年中頃くらいでしょうか。
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 >> 【2005年3月26日 平端~二階堂 3501F 】
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 >> 【2005年4月30日 江戸橋 2052F 】

個人的には”板上げ”状態の方が”顔”としては好きだったのですが、皆様はいかがでしょうか。

正面から

昔からよく利用していた橿原神宮前駅、現在も橿原線1、2番線は留置線への構内踏切があるので、正面からの車両撮影ができますね。

南大阪線ホーム側では、かつては同じく4番線と5・6番線、7番線から西出口への構内踏切が存在しましたが、1995年頃に地下通路化となったため、下写真のような車両正面からの撮影ができなくなりました。(話はそれますが、この時代はスニーカーを履いた乗務員さんもよく見かけました。)
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 >> 【1981年4月 橿原神宮前 6003F 】

橿原神宮前駅での南大阪線車両撮影はなかなか好ポイントだったのですが、やはり通路地下化された時は、非常に残念に思ったものです...まあ、もう昔のハナシですが(^^;

最後に

10月3日、大阪環状線103系が運転を終了しましたが、最後のLA4編成の先頭車は11月3日~6日に京都鉄道博物館で展示されるということなので最後に会いに行ってきました。
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出かける途中で見た奈良線103系よりも車体は綺麗で更新工事も施工されているので、この後解体されてしまうのは何か勿体ないですね。

奈良線→大阪線

「まもなく、鶴橋~鶴橋~」
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...このパターン、車内から見ることって普段はないですよね。

兄弟

1983年当時の田原本線、もっぱら800系・820系の兄弟ともいえるべき車両が主力でしたね。
兄弟の顔、並べてみました。
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ついでに、現在の注目車両も...。
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しかし、1983年当時から新王寺駅の情景、まったくと言って良いほど変わっていませんね。

久々の養老鉄道

近鉄養老線から養老鉄道に事業移管してもう10年経つのですね...早!
先日久しぶりに養老鉄道の車両を見に行ってきました。

今や近鉄線内営業列車ではモ8459以外には見ることのない扇風機付き車両、ここではまだまだ現役で活躍していますね。角形標識灯点灯シーンも見られました...回送ならではですね。
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それ以上にパンタグラフがシングルアームになっているのに違和感が...。

ちなみに、今月限定で10周年記念HMやいすみ鉄道とコラボの養老HM、さらには大垣名産の梨にちなんで南大阪線で運転されていた「なし狩り号」のHMも復刻して掲示された車両が運転されています。
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来月からは過去の愛称板や行先表示板などの掲示もあるということで、時間を見つけてまた訪れてみたいです。

やってしまいましたなあ。

何を?

今回親ページに載せた「EX、赤幕」の特集。
そう、これって2年前(2015年8月22日)にほぼ同じ内容で掲載していたのに気づいたんです...しかも「EX、赤幕時代」ってタイトルももろ被り。
いやいや、ネタ切れの中ではありますが、そろそろボケもやって来たのかな。

ってことで、その時の掲載画像と被っていたもの3枚、差し替えました...スミマセン。
一応、ご報告ということで。
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 >> 【2008年9月23日 西大寺~新大宮 30214F 】

文字太さ

何を今さら...っていう話題かもしれませんが。

先日、鉄道まつり関連で近鉄エンジニアリングWEBサイトの即売部品一覧を見ていた時、近年特急カラー変更で外されている「VISTA EX」ロゴが出品されているのですが、これってEXの文字太さが細いものと太いものが存在していたのですね。

で、過去の記録をいろいろ見ていると...
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    30201F(モ30251) ↑

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    30202F(モ30252) ↑

第1編成の30201Fのみ、EX文字太さが細いものとなっていました。30202F以降からは文字太さが太くなっています。

...これで即売価格の差があるのですね。(細字は希少)

鉄道ではありませんが...

鉄道以外で懐かしい写真が出てきました...「さんふらわあ2」です。

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 >> 【1983年11月23日 大阪港】

この頃は「日本高速フェリー」から「大洋フェリー」に籍が変わっていましたね。
当時「さんふらわあ」といえば、このスタイルでしたが、個人的には「さんふらわあ11」が好きでした。