妻面塗装

もう12200系とともに終焉を迎える旧近鉄特急色車両は車体裾部と側窓周辺を一連の帯状でカラーリングされていました。

運転台を持たない中間車の妻面は元々その窓帯塗装も貫通扉部分まで伸びており、側面を斜め横から見ても帯デザインの連続性が綺麗に表現されていたのですが...

200619_01-12200-12054.jpg >> 【1982年8月19日 八木 モ12054】

2003年あたりから、妻面の帯は無くなりベース色に塗装されるようになりました。
編成での見付も、連結面で帯がベース色で分断されるようになり、何か違和感を感じたのを憶えています。(転落防止柵が付いてからは若干マシになったかな?)

200619_02-12200-12352.jpg >> 【2005年10月18日 小俣~宮町 12252F】

あくまで憶測ですが、塗装工数削減などでデザインよりも合理化を優先する時代の産物なのでしょうか...実態は分かりません。
特に18200系「あおぞらⅡ」4連車の中間連結面は元運転台だったのでRも大きく、余計に目立っていましたね。(但し何故か元から中間だった妻面の窓帯は当初からベース塗装でした)

200619_03-18200-18351.jpg >> 【2005年2月11日 八木短絡線 サ18351】

でももうこの窓帯デザインも、15200系を残すのみとなってしまうのですね。


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 4

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス

この記事へのコメント

nyanyao
2020年06月20日 10:07
こんにちは。そりゃ塗装の簡略化は近鉄の伝統ですから・・50数年前のマルーン単色化以前のライン入りはなんだったのか?というくらいその後は、裾ラインの省略、妻板も塗り分けなしとまぁ・・
あおぞらⅡ特集、ありがとうございます。このころは景気がいいのか、パンフレットも何種類もでていましたね。別の意匠のが2つばかり引き出しに眠っています。養老線大垣~奈良往復4000円のツアーも何度か参加しました。たまに、同料金で「楽」があてがわれていました。ま、よき時代といったかんじです。高出力の小型なのが、乗り入れの冗長性があってよかったのでしょうか?多分、室内が狭かったからなのでしょうが。
1421と同世代
2020年06月20日 13:59
大和路ポストマン様、こんにちは。
妻面の塗装は案外面倒なのか、国鉄は以前から塗分けを
省略していましたが、近鉄は手間をかけていたんですね。
やはり編成で見ると、妻面まで帯が回っていた方がきれい
ですが、転落防止幌が付いた昨今では、幌があるおかげで
そこまで気にならなくなりました。
このことは、東武の看板特急「スペーシア」にもみられます。
かつてNゲージのスペーシアの模型には、妻面の塗装を再現
するデカールが付いており、当時、手間暇かけて貼っても、
今では塗装が省略されてしまったというオチです。
塗装簡略化のために一色塗りにするなら、阪急みたいにため息
の出るような塗装にすれば、それはそれで嬉しいですね。
どこかの会社のように、緑とか黄色とか、ペンキをべたべたと
塗っただけというのは、会社の看板である電車を大事にして
いないのではないかと思ったりします。
親ページの18200系の特集も楽しく拝見しました。
まだ社内旅行とかがあった時代の産物ですね。
私の世代には、少し上の世代の方が体感した乗り物と感じます。
びす・たかお
2020年06月21日 14:53
 こんにちは。今は編成単位での塗装デザインよりむしろ車両単位でのそれが重用されている傾向の現れかもしれませんね。
 近畿車両で新造された直後はどの特急車も妻面まで紺帯が回り込んで塗装されていました。(18000系や680系は例外。)その後、普段は表に出ない非運転台側妻面の塗装仕上げには各線区の工場毎に個性が出ていましたね。高安・塩浜工場では基本的に貫通路部分まで紺色帯がきちんと回り込むように塗装されていました。一方古市工場では妻面端部の曲面に仕上げている部分まで紺色帯で塗装する手法が基本でした。五位堂検修車庫の運用が開始されてからしばらくして、貫通路までの紺帯を回し込む手法が省略された現在のスタイルが定着したように憶えてます。
 この手法で例外と言えたのが11400系更新車の奇数番M車(運転台撤去車両)でしょう。基本的に元運転台のあった箇所の構体は丸妻のままだったので紺帯が回り込んでいたことでデザインに、"しまり"がありましたが、もし紺帯が省略されオレンジ一色塗となっていたら…、御掲出の18200系の例を拝見するにつけ、あまり想像したくはないですね。
  (^^;ゞ
のぶやん
2020年06月21日 18:01
大和路ポストマン様こんばんは
妻面塗装の変化は、気付きませんでした。
ラッピング車両も元のままですから
致し方ないですね。
塗装の簡略化は、時代の流れですね。
塗装のバリエーションも増えているのも関係しているのでしょうね。
大和路ポストマン
2020年06月27日 06:45
nyanyaoさん
なるほど、大きく見ると伝統が繰り返されているということですね。
確かに車両PR用のパンフレットはおっしゃる通りリニューアルもされて複数存在していました。当時の内容を見てみると、紹介内容や接客設備詳細などその時代を感じる事が出来て面白いですね。
20100系の設備面の陳腐化と老朽化が目立った頃に引退時期が来た18200系に白羽の矢が立ったのでしょうね。
大和路ポストマン
2020年06月27日 06:46
1421と同世代さん
記事にも書きましたが、妻面塗装が簡略化された頃は、転落防止柵はまだなくサイドからの見付はかなり違和感がありましたね。
デザインよりも合理性が特に進められた時代背景もあるとは思いますが...。
模型趣味観からすると、妻面塗装あり、なし両バージョンを並べておくというのが良いのでしょうね。^^
近年は塗料の進化や塗装技術の向上で塗装工数も昔より軽減されているとは思いますが、個人的には何となく近鉄車両の塗装は耐食した時の見た目の劣化(艶や汚れの目立ち)が大きく感じてしまいます。
大和路ポストマン
2020年06月27日 06:46
びす・たかおさん
仰る通り、車両所属担当工場での改造施工方法などは個性があったようですね。
詳しいことは分かりませんが、塗装工法も当時の工場設備による差異があったかもしれませんが、各線区のの”こだわり”というのがあったとしたら、それはそれで興味深いですね。
確かに11400系元Mc奇数番車の運転台撤去部分、帯の回り込みが無かったら、その見付に自分も幻滅していたに違いないでしょう。
大和路ポストマン
2020年06月27日 06:46
のぶやんさん
そういえば、今や近鉄特急という代名詞で、10100系から続く定番塗装は風前の灯火、アーバンライナー以降は塗装も車両コンセプトに沿った独自のものへ移行していきましたね。
塗装でいうとバラエティが増えたかもしれませんが、車両に関しては逆かもしれませんね。