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zoom RSS これももう古い話ですが...

<<   作成日時 : 2018/03/10 15:56   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 12

ネタ切れなので、古い画像を引っ張り出してきました。
どこが違うシリーズです。(そんなもんあったんかいな?)

18200系のお顔のアップですが、どこに違いがあるか分かりますでしょうか。
あ、行先プレートとジャンパーケーブルは対象外です。
画像

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近鉄電車に詳しい方はもうよくご存じかと思いますが、前面窓の1枚か2枚の構成と、Xの特急マークの位置が違いますね。
18201F・02Fは前面窓が1枚構成、でXマークは100mm低い位置にあります。
上記写真は上がク18301、下がク18304です。

そのほかに、細かいところまで見ると、標識灯カバーの標識灯と尾灯のレンズの間隔が違いますね。
記録を確認してみると、モ18202・モ18203・ク18301の3両のみが間隔が少し広くなってます。
理由は分かりませんが、編成単位ではなく車両単位で差異があるのは面白いですね。

...と、もうこれも実車が無くどうでもよいお話でした。<(_ _)>


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コメント(12件)

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大和路ポストマンさまこんにちは(PM6時前ですが一時の4時ごろの明るさに戻りましたね)
標識・テールライトケースが16000系と同じやつですね、運転台上部の広さが16000系との圧倒的な違いですね!
因みに16000系のY51が帰ってくるまで&Y07の色が変更されるまで目が離せませんね。
とうこ
2018/03/10 17:47
 こんばんは。普通のファンの方々なら前パンタが凛々しいモ18200形を撮るところ、ク18300形の、"お顔"もきちんと記録されているあたり、さすが大和路様と敬服します。
 昇圧前のコンパクトなボディサイズに第2世代の特急デザインを凝縮したような姿の18200系…、"ビスタ・カー"を除いた汎用特急車のグループの中ではいろんな意味で一番好きな系列でした。運転台窓が一体成型か分割式をとっているかは同時期に製造されていた16000系とよく似た経緯とみていいでしょうね。ただ、前に、『あおぞらU』のお話で申したように、前照灯が左右間隔からずれて取りつけられてたり、運転台妻面から屋根へのカーブラインが変に歪(いびつ)だったりと、歴代特急系列の中では群を抜く、"粗造り"で残念な車両でもありました。(当時の近畿車両は一体何を考えてたのか…!?)
 お気に入りの車両だっただけに、そんな、"粗"ばかり目立ってしまいましたが、京・伊+阪・伊併結の下り10連特急の先頭に堂々とした姿で走る姿は素晴らしかったです!軽快さを際立たせた現代の車両とは対照的に鋭角な造形(行先&種別表示灯や貫通路の、"×"マーク等)を用いて豪快さを際立たせた姿は今でも新鮮に映ります。18200系…大和路様の11400系と同様、今でも私の、"お気に入り"です。
びす・たかお
2018/03/10 23:30
大和路ポストマン様おはよう
ございます。
近鉄の車両は、系列毎に細かい
違いがあって面白いですね。
18200系は、『あおぞら2』に
改造前の名阪甲特急に運用されたの
が懐かしいです。
のぶやん
2018/03/11 09:05
懐かしい写真ですね。現役時代はULが増備されている頃で、やがて30年経過しますね。
この系列を含む京都線の特急は680系から18400系まで徐々に本数が増えていき、その発展ぶりがよくわかり18200系でも一次二次に分かれました。
小柄な車体に後に近鉄特急標準となるモーターを採用するなど特筆すべき項目が多かったですね。何故か1エンド側に前パンが設置されるなど不思議な構成もありました。晩年は18400系とペアを組んでいる姿が定番でしたね。
奈良漬
2018/03/11 16:25
とうこさん
16000系の標識灯と似ていますが、よく見るとカバー自体の形状が違うんですよね。
16000系ではもう旧塗装は16007Fだけになってしまいましたね。南大阪線特急の旧塗装消滅まで時間の問題ですね。
大和路ポストマン
2018/03/11 19:51
びす・たかおさん
どちらかというとパンタが無くても、貫通幌・ジャンパーケーブル付きの顔の方が好きだったのが正直なところです。
以前個々の記事でも話題にさせていただいた前照灯の位置や、モ18201のおでこのカーブラインの違いなど、”粗造り”が反対に興味を持てたところでもあります。
併結10連での運用は実際には見たことが無いのですが、書籍などの写真で見るそのシーンは圧巻ですね。
複電圧と線区の制約による車体設計、高出力電動機、合理性とデザイン性を両立させた前面表示類など、この時代ならではの素晴らしい車両だったのには間違いありませんね。
大和路ポストマン
2018/03/11 19:52
のぶやんさん
18400系との4連で「名阪ノンストップ」の運用に就いていたこともありましたね。その他、名阪乙特急でもひし形の”名古屋”が無くて、11400系使用の行先プレートが掲げられていたこともありました。(中にはマジック書きのものも...)
大和路ポストマン
2018/03/11 19:52
奈良漬さん
京都線車両はパンタの向きがこの18200系まで標準特急車とは逆でしたね。故、他系列と編成を組む時は、パンタ近接にならないように連結される向きが決まっていました。
18400系との編成は京伊、京橿特急などでよく見ましたね。その中でも18200系の重連が来るとなぜかちょっとうれしい気もしました。
大和路ポストマン
2018/03/11 19:52
何か、今回も含めて似たような内容が続いていますね.30000系もパンタ撤去までは伊勢寄りに位置していましたね.
スターあっと
2018/03/12 07:22
ご返事ありがとうございます。
南大阪線のY07・YS01・YS02の2連3編成だけですからね〜近鉄がその気になったら即塗り替えでしょうね。
とうこ
2018/03/12 09:51
スターあっとさん
すみません、何せネタ切れなので同じような内容が続いてしまいました。
おっしゃる通り、両側前パンだと組成相手に制限があり配車も苦労があったと思います。
大和路ポストマン
2018/03/15 22:50
とうこさん
そうですね、「もう気が付けば...」って感じですね。
数年後には旧塗装が懐かしく思えるのでしょうね。^^;
大和路ポストマン
2018/03/15 22:50

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